LSKニュース No.2 2003/1/10
第2回関西労働社会学研究会
辻 勝次(立命館大学)
鈴木 良始(同志社大学)
関西地域の労働社会学研究者で始めた研究会の第2回目を2002年10月5日土曜日午後1時半より同志社大学で開きました。報告者は金子満活会員(関東学院大学)と上野雪絵会員(同志社大学)の2名でした。当日は大先輩の鎌田とし子会員も応援に来てくださり、活発な討論を行いました。夕方からは京情緒あふれる町屋風の居酒屋で懇親会を持ちました。あいにく産業心理学会などとも重なって参加者は12名と小規模でしたが、研究に交流に楽しい時を過ごしました。
プログラム
金子満活(関東学院大学院生) 建設現場労働者と社会保障
―その現状分析から見た今後の課題―
コメンター 新田 明(神戸大学院生)
上野雪絵(同志社大学院生) 日本型インターンシップの行方―現場は何を伝えたいのか―
コメンター 平尾智隆 (立命館大学院生)
次回 の研究会は2003年5月17日の予定です。
報告者について自薦、他薦を問わず鈴木ないし辻までご連絡下さい
建設現場労働者と社会保障−その現状分析から見た今後の課題−
関東学院大学大学院 金子満活
本報告は人々の生活基盤である衣食住のひとつを支える重要な基幹産業である建設業に従事する多くの人々が政府管掌保険(政管健保)、厚生年金保険、雇用保険、労働災害補償保険(労災保険)といった国が保険者である「社会保障」の恩恵を受けられずにいることについて制度史的側面による現状分析を試みたものである。
第二次世界大戦以後、日本経済復興の中心的役割を担ってきたのは製造業であったことは疑うべくもないが、それら製造業の増産に伴う工場新設等の積極的な設備投資を下支えしてきたのは建設業であったといえる。
製造業で働く労働者の多くがその企業に直接雇用されているため、パート・アルバイトをのぞく正規職員の場合、政管健保、労災保険等一連の社会保障の適用を受けていることから、万一の傷病や疾病などに対しても充分な保障を受けることが可能である。
ところが建設業の場合、建設工事を顧客から受注してくる総合工事業者(ゼネコン)と実際の工事を担当する下請の職別専門工事業者(専門工事業者)とはそれぞれが独立した企業である。当然のことながら、建設現場で働く専門工事業者の労働者(現場労働者)は専門工事業者の社員である。建築物の建築にあたってゼネコンと専門工事業者との間で締結されるのは「工事請負契約」であって企業と労働者が結ぶ雇用契約ではない。このことは企業に雇用される労働者保護を前提とした種々の社会保障制度が経営資本力の潤沢なゼネコンの費用負担によって現場労働者に対して適用されるのではなく、資本力の脆弱な専門工事業者自らの費用負担によって現場労働者に適用されていることを意味している。
平成3(1991)年のバブル経済崩壊以降今なお尾を引いている経済不況は受注産業である建設業を直撃し、建設工事受注額が減少、工事完成利益の落ち込みはゼネコンばかりでなく専門工事業者をも襲った。このため、専門工事業者の中には労使折半を原則としている社会保障費の使用者負担分が支払えず、企業単位の加入となっている政管健保から企業ごと脱退して現場労働者を国民健康保険(国保)に再加入させる企業すらあらわれているほどである。一方企業が政管健保を脱退した場合、同時に厚生年金保険からも脱退してしまうため、現場労働者が老後の老齢厚生年金および老齢基礎年金を受給するためには労働者自らが国民年金の保険料を納めて老齢基礎年金受給資格期間の25年を満たさないと受給資格そのものを喪失してしまう。
前述したように現場労働者は財務的基盤の脆弱な専門工事業者に雇用されているために政管健保や厚生年金保険といった国が保険者である制度の恩恵を受けられなければ、本当の意味で「無保障」状態となってしまうのである。同じ屋外労働者でも戦後の港湾労働者が3.3答申によって成立した「港湾労働法」で手厚く保護されてきたのとは対照的ともいえる。だが現場労働者を港湾労働者と同じような保護立法を作って政策的に保護しようという発想が行政側にないことは筆者が厚生労働省の担当者に聞き取りをおこなった結果からも明らかになっている。欧米のような職種別労働組合制度による労働者保護が根付いてこなかった日本においては現場労働者の最低限の地位と権利の保全、そして老後の保障は国や行政の主導によっておこなわれなくてはならないといえよう。
関西労働社会学会第2回研究会における金子満活氏の研究発表「建設現場労働者と社会保障―その現状分析から見た今後の課題―」へのコメント
神戸大学大学院文化学研究科博士後期課程 新田 明
わたしはこれまでに建設現場労働者に対する学術的見地からの分析を目にする機会をほとんどもつことがなかったため、今回の金子氏の研究発表に関する予備知識は非常に乏しく、新たに見聞させていただく内容が大半であった。ゆえに、今までに表面的にしかとらえることのなかった建設現場労働者の実態を垣間見ることにより、労働社会学の新鮮味のあるテーマに触れられたことに対して感謝の意を表したい。しかし、同時にわが国の労働社会において不条理かつ深刻な一面がまたひとつ存在していることを知らされ、やや複雑な心境であったというのも事実である。
ところで、こうした研究対象のもつある種の特殊性などから、多くの人文・社会科学系の学問分野にあって、程度の差こそあれ今回のわたしのような類いの人は少なからず存在しているようにも思われる。したがって、発表の構成における前半部分の多くを、建設現場労働者をとりまく社会保険を中心とした諸制度の歴史的変遷を紹介することにあてておられたことは、参加者のヒアリングの効果を高めることにつながったであろう。
他方、前半部分の発表内容は、氏がそうした制度史に関する知識を多分に備えているという印象を強く抱かせるものではあったものの、後半部の力点を置くべきところ(たとえば、現在の建設現場労働者における労災保険制度の問題点の考察や、社会保険制度を軸とした建設現場労働者と港湾労働者との比較分析などに関する部分)のプレゼンテーションにおける重要性を考慮した場合には、総じてやや詳し過ぎる説明になっていたのではないだろうか。その結果として、発表そのものが質・量の双方において少々間延びしてしまった感は否めない。発表のタイトルに「現状分析」という言葉が付されている以上、今後の発表においては一連の制度史の説明をもう少し集約化したものになさることを検討されたい。
またレジュメについてであるが、特に前半部分の制度史の紹介箇所は、発表内容のボリュームに比べて(仮に制度史の説明がそれなりに集約化されたものになっていること想定した場合でさえも)、かなり簡略化されていたように思われる。後日氏よりいただいた、今回のレジュメのもとになったという博士予備論文(『社会論集 第8号』に所収)を拝見したかぎりでは、この論文からのレジュメの作成にもう少し工夫の余地があったのではないだろうか。発表の内容とレジュメのそれとのバランス感覚をより強く意識することによって、氏の研究発表がより一層聞き手に伝わりやすいものになることが期待されよう。
わたしの見識不足のために、発表内容の詳細な部分についてのコメントができないのが本当に残念で申し訳なく思う次第であるが、ともかく発表内容のところでもっとも興味を引かれたのは、社会保険制度という側面から見た建設現場労働者と港湾労働者との比較分析の箇所である。社会保険制度という点での両者の待遇格差の背後に見られる様々な因果関係を究明していくことは、今後の特に建設現場労働者の待遇面や社会的地位の向上をもたらすためのイニシアチブやモチベーションとなるかもしれないと感じられたからである。また、それと同様にあくまで推測の域を出るものではないが、こうしたフィールドについては、研究対象としておそらくほとんどが未知の分野であり、それゆえに今後の斬新かつエキサイティングなフィールドワークが期待される分野であるともいえよう。そうした点も含めて氏の今後のご活躍を心より念願する次第である。
2002.10.5 労働社会学研究会(於:同志社大学)
「日本型インターンシップの行方 −現場は何を伝えたいのか」
同志社大学大学院 後期博士課程・大学コンソーシアム京都 研究員
上野雪絵
雇用のミスマッチ、フリーターの増加などの若年労働者問題に対して、厚生労働省、経済産業省、文部科学省は若者の就業観の育成によってその解決を図ろうと、積極的にインターンシップ*1を推進するようになった。本報告では、インターンシップ・プログラムを実施する企業に対してインタビューを行い、これまで取り上げられていなかった直接指導する担当者がインターンシップ実習生に何を伝えようとしているのか、そして、そのことが指導者であるかれらの意識の上で、どのような影響を与えているのかを捉えることを試みる。
(財)大学コンソーシアム京都*2で行われているインターンシップ・プログラムで、受け入れをしている企業の中から20社を選び「インターンシップ導入の目的」「プログラム内容」「何を伝えようとしたか」という点を中心に、直接指導したかれらの言動からインターンシップ実習の現場の中で何が語られているのか、何を伝えているのかを考察した。
その結果、各企業のプログラムの内容はその業界ごとに違うが、一つの成果を実習生自身の力で成し遂げさせるという構造が見て取れた。指導者は始めに課題の到達点を提示し、作業中は、直接的間接的に困難さや仕上がり具合に応じてアドバイスをするのである。その内容は、なぜこの業務が必要であるかなども理解するように今している作業の意味を考えさせるものであったり、作業をするにしても、あらゆる角度から物事をみるように、そして仕事を突き詰めて吟味するようにと仕事に対する詰めの甘さを指摘し指導するものであった。また、相手に敬意を払い、自分の行動がどのように他人や仕事に影響を及ぼすのかまで想像することが必要だということも、ほとんどの担当者が何かしらの機会に伝えようとしていたことであった。業界や職種に関わる具体的なことよりも、仕事に対する姿勢や人間関係の重要さを伝えようとしている言動が多かった。
なぜ、そのようなことをかれらは伝えているのだろうか。実習生たちを新入社員や仕事仲間のように思えたかという質問に対しては、そうは思えなかったとかれら全員が答えた。つまり、実習生に対しては新入社員のように準拠集団として組織の価値観や慣習の共有を促す必要がないということである。また、アルバイトとの差別化のためにスキルだけを渡すことはできない。このような状況の中で、指導者は仕事を通じて指導を行うために、成果を出すことに不慣れで、対人コミュニケーションなどが未熟な実習生たちに業界や職種の知識よりももっと根本的な仕事に対する姿勢や人間関係の重要さを伝えることがメインとなり、そのために必然的にこれまでの仕事への取り組みについて考え、自分の職業観や社会人の経験など自己の「振り返り」を余儀なくされる。
教える人それぞれの年齢や職位、立場、これまでの経歴などによって、教えること、伝えたいこと、伝えられることは多少異なっているが、共通して言えることは、かれらはインターンシップで直接実習生を指導する立場になったとき、業界や職種そして仕事の内容説明だけではなく、職場の人間関係や仕事に対する姿勢などを教え伝えているということである。つまり、インターンシップで教えるという行為は指導担当者にとっては、業種や職種に関する知識を再確認したり新たに覚えたりすることを意識するよりも、仕事への取り組みや職業観などを中心にこれまでの自分のキャリアを振り返り、再構築するきっかけとなっているといえる。
*1 インターンシップとは、学生が在学中に企業などにおいて就業体験をする産学協同プログラムのことであり、日本では「学生が在学中に自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと」として幅広く捉えられている。
*2 京都府内の全大学、短大と4つの経済団体そして京都市の加盟によって設立された財団法人。98年度からインターンシップへの取り組みがなされている。
上野雪絵「日本型インターンシップの行方―現場は何を伝えたいのか―」へのコメント
平尾 智隆
(立命館大学大学院 経済学研究科)
近年,高等教育機関における職業教育や若者の就業観の育成策として積極的に推進が図られているインターンシップについて,本研究はその受け入れ側となる企業とそこでの指導担当者に注目し,受け入れ側の企業で指導担当者がインターンシップ実習生に何をどのように伝えようとしているのか,また,そのことが指導担当者の意識にどのような影響を与えているのかを明らかにしようとするものである。
調査においては,大学コンソーシアム京都で行なわれているインターンシップ・プログラムの受け入れ先企業の中から20社が選ばれ,「インターンシップ導入の目的」「プログラム内容」「何を伝えようとしたか」という点を中心に詳細な聞き取りが行なわれている。
まず,本研究はその対象の選定において斬新なものである。インターンシップに関わる様々な主体の中でも盲点となっていた受け入れ側の企業とそこでの指導担当者に焦点をあてることによって,インターンシップを単に職業教育の問題にとどめず,企業で働く個人の仕事に関わるという意味で労働の問題として捉える視点は,これまでにほとんど取り上げられなかったものであり,本研究のオリジナリティーであるといえよう。
また,本研究の事例分析からは,職場における教育と経済のパラドックスの可能性が示唆され,この点は大変に興味深い。インターンシップ実習生のことを「仕事を通しての存在とは思えない」指導担当者は,単に業務命令として指導を行なったのではない。彼・彼女らは「指導者として人に教えるという立場」に立つことにより,必然的に自らの仕事について考え,自己についての「振り返り」を余儀なくされている。ここに,教育的な価値にしたがって行動すればするほど,逆に結果として経済合理的な産出を生みだすというパラドックスの可能性が示唆される。しかしながら,インターンシップの指導経験が彼・彼女らの職業能力やキャリア(経済合理的な産出)を高めていくという実証的な根拠はない。この点は,評者の仮説的な提示にとどまるものである。
最後に,本研究の今後の課題についてまとめておきたい。報告後,フロアから「インターンシップのメリットは何なのか」「インターンシップの経験を学校に持ち帰った学生が及ぼす効果は何なのか」という質問がなされた。後者に関しては,上野氏から現在調査を計画中である旨が述べられたが,これらの質問に体系的に答えるためには,労働市場の総体の中でインターンシップがいかに機能しているのかを明らかにする必要がある。
また,聞き取りで得られた「インターンシップの目的」「プログラムの内容」から,仮説的な類型化が報告の中で随時述べられていたが,「日本型」との議論とも関わって,事例の積み重ねの中でいくらかの類型化(一般化)を試みる必要があるように感じられた。
これらの点については,今後のさらなる研究の進展に期待したいと思う。
(注)教育と経済のパラドックスに関しては,次の文献を参照のこと。苅谷剛彦(1991)『学校・職業・選抜の社会学』東京大学出版会